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会津絵ろうそくの歴史

会津絵ろうそくの歴史は古く、室町時代中期の会津の領主 蘆名 盛信が、漆樹の栽培を奨励し、漆の樹液から漆器、実からは蝋(ろう)が作られるようになります。 蝋(ろう)は、加工されて蝋燭(ロウソク)の原料となりました。
安土桃山時代の武将である蒲生氏郷が豊臣秀吉の命を受けて会津の領主となると、近江よりろうそく職人を呼び寄せて品質の良い蝋燭(ロウソク)が作られるようになり、花の絵が描かれるようになったといわれています。このおかげで、会津絵ろうそくは、貴重なろうそくの中でも珍重されようになり、江戸時代には会津絵ろうそくは最高級品として、参勤交代の度に江戸に持参され、禁裏、公家へ献上したり、諸国大名へ売られたりし、仏事や婚礼などの冠婚葬祭用として使われました。
しかし、戊辰戦争により藩が崩壊して多くの店が廃業しました。近代になりガス灯、それから電気の時代になるとろうそく産業は衰退していきました。第二次世界大戦時は数軒を残すのみとなり、戦時下の統制や敗戦で原料が手に入らなくなると次々に廃業に追い込まれました。かつては最高級品として珍重されていた会津絵ろうそくも風前の灯火となっていましたが、民芸運動の中心人物の浜田庄司(陶芸家)さんが会津に訪れ、会津に民芸協会が設立されてから見直されはじめました。マスコミにも取り上げられ「伝統ある会津の絵ろうそくを絶やしてはいかん」と、たくさんの人が力を貸してくれたそうです。また、昭和天皇が会津に行幸された際には会津絵蝋燭(絵ろうそく職人 小澤 徹二 作)が贈られました。

のない会津の冬には、仏壇に供えるの代わりに絵ろうそくを飾るようになったといわれています。 普段は仏壇に火を灯さずお供えし、特別な日(命日やお彼岸、お盆)に火を灯してください。

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